【公文式から始める幼児教育】自閉症疑いがあった三男の話

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今回は自閉症疑いがあった私の三男ついて書いていきたいと思います。

長男は2023年中学受験組、次男は2026年中学受験組になります。今回の主人公である三男は2028年中学受験組になります。

上の二人のお兄ちゃんたちと違って三男はいろいろありましたので、同じ様な親御さんの参考になると思います。

いろいろあるというのは、成長発達に問題があったということです。

ぱぱりん

5歳くらいまでは自閉症疑いで療育に通っていました。

3歳児のときは、小学校は普通クラスにはいけないとまで言われてました。

今回、そんな三男の小さい頃の様子と公文式に通い出したときのことを書いてみたいと思います。

目次

言葉を話すのがかなり遅かった

1歳までの成長は特に問題なさそうでした。目を合わせて笑ったり、立ったり歩くのも他のお子さんと比較しても同じくらいの成長過程でした。

しかし、1歳を過ぎてくると少し様子が変わってきました。

ぱぱりん

「クレーン現象」「逆さバイバイ」などの「自閉症」によく見られる行動が散見されるようになりました。

クレーン現象

こどもが何かしてほしいときに、保護者やほかの人の手を取って対象に指を差したり、手を近づけたりする行為

逆さバイバイ

相手と立場を置き換えて行動することが難しいため、相手が手のひらを自分にむけると自分も手のひらを自分に向けてバイバイしてしまう

他にも、

気に食わないことがあると、頭を床や地面に打ち付ける、走る時に正面を見ずに横を見ながら走る、数字に興味がありすぎる

などなど、いわゆる「自閉症」に当てはまる行動が出現してきました。

1歳半検診のときも、周りの子供と比較して明らかに落ち着きなくあやすのが大変でした。

さらには、担当の方から小児科に行くように勧められました

ぱぱりん

「うちの子に限ってそんなはずはない!」と思って最初は小児科にはいきませんでした。

あるあるだと思います。

3歳になっても「ママ」も言えない

自閉症で見られる行動が散見され、ちょっとこれはおかしいなと思いつつも、

ぱぱりん

これから伸びてくる!うちの子に限って自閉症であるわけない。

と心の中で否定するのに必死でした。

幼稚園の前に週に1〜2回ほど近くのプレ幼稚園的な集まりに参加していたのですが、周りの同年代のお子さんと比較して明らかに違っています。

みんなができることはまずできませんし、その場にじっとしていることもできません。

ぱぱりん

周りのお子さんは2語、3語文を喋れるようになっているのに、三男はまったく喋れません。

興味があるものは車とか電車だったのですが、すべて「あ」と呼んでいました。

3歳になっても「ママ」も言えませんでした。

ここに至って、小児科の友人医師に相談したりしてアドバイスを受ける様になります。

やはり、

「自閉症には早期介入が良い」

ということでした。

早期介入とは、自閉症(かもしれない)ということを受け入れて言語の教育とか専門教育を受けさせるのがよいとのことです。

ようやく小児科を受診し「療育」を受けることになりました。

療育とは?

障害のある子供やその可能性のある子供に対し、個々の発達の状態や障害特性に応じて、今の困りごとの解決と、将来の自立と社会参加を目指し支援をすること

児童発達支援の施設に週2回通うことになりました。一回2時間くらいです。

私の心の中では、悲観的になりそうになっても「この子の伸ばせられるところを伸ばせてあげよう」と思っていましたし、楽観的ですが「大丈夫」とおもってもいました。

ぱぱりん

根拠はあまりないですが、信じてあげたいという気持ちでした。

4歳になっても

ぱぱりん

幼稚園年少さんの学年になっても、まともに言葉を話すことはできませんでした。

相変わらず逆さバイバイしていました。

長男は言葉が早く、2歳までにある程度の会話ができるようになっていたし、次男も長男よりは遅かったですが2歳までには単語は話せるようになっていました。

ぱぱりん

上二人と比較すると余計に遅さが際立ちました。

次男が年長さんでお世話になっている幼稚園に通うわせるかどうか悩みましたが、園長先生と面談したしたところ、

「全然大丈夫ですよ。」

と言っていただき、幼稚園に入園することになりました。

ぱぱりん

園長先生に話しかけられても、全くの無言でしたが…

自宅から幼稚園までは幼稚園バスで片道50分もかかります。バスでダメだったらやめようと決めていました。

さらに、その幼稚園に行く前にいったことがあるプレ幼稚園の先生からは、

「幼稚園通うにしても、付き添いの先生が必要だと思います」

と言われていました。三男のお世話にするためだけの先生が必要という意味でした。

そのことを園長先生に伝えると、「とりあえずは様子を見ましょう」ということで普通に通うことになりました。

最初はめちゃくちゃ不安でしたが、片道50分の通園バスに次男と揺られながら毎日通園していました。

ぱぱりん

驚くことに特に問題を起こすことなく通えていました。

徐々に

年少さんの学年では、あまり言葉を話すことはできませんでしたが、徐々に先生のいうことなど従える様になってきました

年少さんのお遊戯会ではセリフはありませんでしたが、お遊戯会にさんかできてることで満足していました。

ぱぱりん

言葉を喋られなかったのでセリフどころではなかったのだと思います。

年中さんの学年になると、一気に語彙も増えてある程度は会話が成り立つ様になってきました。

いつしか、逆さバイバイ、頭を床に打ち付ける、クレーン現象などの行為は見られなくなっていきました。

ぱぱりん

徐々に数字も数えられる様になり、年中の夏頃より次男よりも遅れましたが公文に通わせることにしました。

公文へ

ぱぱりん

果たしてちゃんと集中して問題を解けるのだろうか?と心配していました。

国語と算数の2科目を週2回、次男と一緒に受けにいきます。

心配していたのですが、公文教室では1時間近くも問題に集中できておりだんだん安心してきました。

ぱぱりん

公文式の単純作業は、言葉が遅れていても受け入れが良いようでした。

「点と点を結ぶ」「数字をなぞる」などの単純作業は、言葉が喋れなくてもできるので、こどもにとっては達成感が得られやすいシステムになっています。

年長さんの学年になると、簡単な足し算から始まり、引き算、最終的には、二桁足す二桁ができるようになりました。公文でいうと「レベルA」ということになります。

年長さんの終わりにはBに突入し、2022年4月からは小学1年生になりましたが、九九の練習が始まりました。

ぱぱりん

小学校の普通級にいけるかどうか危ぶまれた三男も九九まで辿り着けたのか…

と非常に感慨深かったです。

まとめ

ぱぱりん

自閉症を思わせるような行動がでたら、その事実を受け止め早期介入がベターです。

三男のようなケースもありますので、過度に悲観的にならず専門家と相談しながら、その子にとってベターな道を模索していくのがよいと思います。

他の子と比較すると、悲観的になってしまいます。特に兄弟間の差は目立ちます。

ただ、その子の特性や伸ばせるところを見つけて育ててあげることが大事です。

親が過度に悲観的になると「伸ばせられる能力を見出せない」ですし、親の悲観的な感情は子に伝わります。

いまは、国からの支援も充実していますし、療育も手厚い補助がでるためなるべく早く相談したほうがいいです

同じ様な悩みを抱えている親御さんの参考になったのであれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人

⭐︎中規模病院で勤務医をしています。
⭐︎子供は男の子が3人いて、遊び、ふざけ、いたずらでカオスな毎日を送っています。
⭐︎子どもの中学受験を通じて、子育てや受験に関しての情報発信を行なっています。
⭐︎好きな教科:算数、理科、数学、物理、化学とゴリゴリな理系マッチョです。

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