この記事を公開する日は、2026年の東大京大の合格発表後です。
長男の通っている学校、次男が通うことになる学校の合格実績の発表もされていましたが、それぞれ立派な成績です。
本当に。
もちろん「率」や「数」では灘中には及びませんが、中高の6年間でまた努力を継続できれば逆転も起こります。
「青天井」の天才を除けば、ボーダー層は学校関係なくデッドヒート。
先輩たちのように、頑張って欲しいです。
特に長男の通っている学校は不思議です。
偏差値は徐々に下がってきているのですが、合格実績はすごいと思います。
倍率の低下してきている現在の子達の6年後の成績はわからないけど、その子達の合格実績が今と変わらないのであれば教育システムが良いのだと思います。
確かに数学、理科の進度は早いのでそのアドバンテージが効いてくるんだなと思います。
さて、、、。
合格発表を終えた夜です。
仕事から帰宅すると、当たり前ですがお通夜状態。
そりゃそうです。
いつも陽気な兄と弟も神妙な面持ちです。
頑張っていたのを知っているだけに。
そして、その壁が非常に高いけれども手が届きそうなところにいたことを、もちろん、皆知っているだけに。
次男は、
「高校受験はどうやってするか?」
を調べていました。
目に涙を溜めながらPC画面を見ていました。
また次へ挑戦する気持ちはものすごいなと思いながらも私立中学にいって別の高校受験は現実的ではないのを理解しています。
ですが、現時点で真っ向から「もういいよ」と否定するわけにもいかず、どんな感じが一緒に調べます。
調べても
「私立中学から高校受験」
というデータもないので有効な情報はありません。
でも、高校受験は中高一貫校に行くので現実的ではないので、とりあえずはこれから行く学校で頑張ればいいと諭します。
本人も中高一貫校の勉強をしながら、灘高校の受験勉強を並列にすることの困難さを徐々に理解してきたようで、翌日にはあまり言わなくなりました。
とはいえ、数日はショックを引きづり、合格発表の週は学校はお休みすることにしました。
おそらく
「合格したぞ!」
と胸を張って小学校に登校することしか想像していなかったと思います。
恥ずかしいことではないのですが、行きたくなくなる、全てにおいてやる気がなくなる気持ちはわかります。
とはいえ、中学受験をする子が極めて少ない学校なので本人はどこを受験するかは一切言わなかったようです。
まぁ同じ塾の子はいるのである程度知られているとは思います。
学校の先生は非常に理解してくれているようで、事情を伝え休むことを快く受け入れてくださいました。
ありがたいことです。
しばらくは、夜、ベッドに入るとシクシクと声を抑えながらも泣き声が聞こえてきます。
切ない。
朝も早くに目が覚めて寝られなくなるのか、
「シクシク」
とベッドから聞こえてきました。
まぁ、それが全てな1年間だったので。
2〜3日はそんな日々を過ごすうちに、徐々に立ち直ってきました。
ありがたいことです。
早期回復は本当にありがたいです。
ここは親が介入してどうにかなるところではないので。
もう次に向けて頑張る気持ちになっていたのか、以前に買っていた算数オリンピックの「広中杯」を解いていました。
問題を解いている方が、悲しみが薄れるんでしょう。
算数オリンピックについては、塾メインとしていたため手を出していなかったのですが、過去問題集は買っていました。
中学になると「広中杯」「ジュニア広中杯」という中学生を対象にした擬似数学オリンピックがあるようで、それに向けて「自分から」問題に取り組むようになりました。
まぁタフです。
挫折は自分で打開するしか方法がないので、次の目標を自ら設定し頑張る姿をみてホッとしました。
さて、、、
塾からの情報では、
同じ教室からの合格者はかなり少ない!
ということがわかりました。
同じ教室のお友達で灘コースが10人弱、そのうち1組は5名以上いたのですが、
合格は2名のみ
でした。
次男と同じように、灘中模試で無敗の子も落ちていたようです。
ん〜。
これは合格実績がかなり悪くなるだろうな、、、
と想像していました。
ところが、、、(次回以降に続く)


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